Gratia



「新年あけましておめでとうございまーすっ」

その明るい声と共に背中に襲いかかってきた重み。
ああ、そういえば今日は元旦だったな。
まぁ俺には全然関係のない話なんだけど、

そう思っていた、んだけど。






「やっだなーハクエってば、新年を睡眠で明けるなんてね!」
「ホントホント〜馬鹿じゃねぇの?」
「おまえらな…」

本日の日付は1月1日。元旦だ。
普通ならば前日から徹夜ではしゃいで
仲間と共に新年の挨拶と杯を交わしているだろう。

駄菓子菓子。だがしかし。
年間行事など全く関係の無い俺は
我関せずと睡眠を貪って新年を迎えた。
が、それを許すはずもない存在がいるという事を不覚にも忘れていた。

「ハク〜酒飲もうぜ酒。」
「無理だ。」
「つれねぇの〜」

どうやってかは知らないが、
俺が仮の住まいとしているメガロポリス広場から
少し歩いた所に有るカバリア島冒険者専用マンション。
そこの最上階にある俺の部屋にこいつらは押し掛けてきた。
…尚、このマンションの住民の鍵は
ドン・ジョバンニ氏に申請を行いさらに
その部屋の住民の許可を得ないともらえない。

「そもそもどうやって俺の部屋に入ってきたんだ…」
「ほら、俺、手先器用だし〜」
「ラディの御陰で俺も愛しい弟君の部屋に入れたって訳よ〜」

この二組には「犯罪予備軍」の呼び名がつけられている。
ほらほら、と自慢げにピッキングに用いた針金を見せてくる
ライオンを思わせる付け耳と付け尻尾を装着しているのはラディル。
それに満足そうに頷いているのは俺の実の兄であるクロネ。
俺、ハクエと同じドラゴンをモチーフとした付け耳と尻尾を装着している。

この二人はラディルの器用な手先と針金を用いて
俺の住まう部屋の鍵をいとも簡単に開け、俺を起こさない様に忍び寄って
新年の鐘と共に揃って俺に飛び乗った…らしい。
ちなみに、それに激怒した俺からライトアローをいただいても
ニコニコと何ごとも無かったかのように笑って酒を飲んでいる。

「ハク〜甘酒でもいいから飲もうよ〜」
「だから俺は酒が駄目なんだと言ってるだろ!」
「つまんないなー」
「ねー」

執拗に酒を勧めてくるラディルに首を横に振れば
年齢の割には子供らしい二人は肩を組んで文句をたれる。

「大体、俺はおまえらと違ってまだ18だっての!」
「馬鹿な。弟よ、俺は16の時にはもう酒を飲んでいたぞ。」
「俺12から〜」

けらけらと余り大声で言うのは宜しくない事を口にする二人に
俺はぐったりと項垂れたように先程まで
自分が身体を預けていたベッドに再び身を沈めた。

「おやおや義兄さま。ハクエは我々に襲ってくださいと誘いをかけていますぞ。」
「ハクエはやらん。だがこれは誘っているな。」
「…あぁ?」

ベッドの心地よさに思わず顔を綻ばせていると
それに気づいた二人組が酒を放ってすす、とこちらに寄ってきた。

…口調からして、これは大分酔いが回っていると確定していいだろう。

俺はこれから起こるであろう出来事に寒気を覚え、
どうやってこの二人をくい止めようか、と考えながら
ベッドに横たわったままの状態で二人を見上げた。

「上目のハクエかわいー♪」

そう酔いの回った声でぼふ、と勢い良く抱きつかれ、

「こらラディ、抜け駆けはやめろ。」

と抱きついたラディルを叱咤しながらも更に抱きつかれ。

「…重…」

酔いの回った、体格の良い青年二人にのし掛かられ
只でさえ体力が無く、認めたくは無いが華奢な体つきの俺は潰れかけていた。

「おう、新年早々3Pか?」
「わお、義兄さまったら激しいですな。」

潰れている俺の上でとんとんと話を進めていく二人。
のし掛かられている所為で動かしづらい首をなんとか動かしてみれば
ラディルは俺の服に手を掛けているではないか。
ちなみに、今晩の俺の服はゆったりとしたトレーナーで
とても脱がし易い。ではなくて。


「お前ら新年早々何やってんだ!」


本日二度目のライトアローが二人の脳天に直撃した。


時は過ぎて、同日昼過ぎ。
クリティカルヒットだったらしい。漸くライトアローのダメージから
回復したラディルとクロネはゆっくりと起きあがった。

「っ痛ぇ〜…これもハクエの愛かな。」

ざぁぁ、と水の音が聞こえる。
ことことと鍋を煮込む良い音も。
そして鼻腔をくすぐる良い匂い。

起きあがった二人はゆっくりと部屋を見回して
台所に立つハクエの姿を認めると、顔を綻ばせた。

「弟の手料理か…美味そうだ♪」
「いやあ流石俺のハクエ。良い匂いだ。」
「おまえら何の話をしてるんだ。」

しみじみと二人揃って呟いていると
盆にできあがっているであろう昼食を乗せたハクエが戻ってきた。
その盆の上には、蕎麦。
年越し蕎麦を食べるにはやや時間が遅い気もするのだが、
家を漁って出てきたのが蕎麦の材料しかなかったと
何ともせつない事態に出くわしたので、蕎麦にしたという。
お節の材料を用意していない辺りは
流石行事とは無縁の世界に生きるハクエだろう。


「いただきます♪」


行事とは無縁の世界に生きると共に
料理とも無縁の世界に生きていたハクエの作った
蕎麦の出来具合がどうだったかは、言わずともわかるだろう。


「…っはー…ハクエの手料理の味は最高だったね。」
「あぁ。正に天にも昇りそうってやつ?」
「おまえらは黙るという事を知らないのか。」

蕎麦の惨劇から約二時間。
一息ついていたハクエに立ち直った二人は感想を述べた。
自分の料理の下手さは自負していたものの
改めて言われると腹が立つのを覚えたので
再び手をあげ詠唱に入ろうとして、思い直して手を下ろした。
この二人には制裁しても意味がないと、ようやく学習したからだ。

苛々とした表情でラディルとクロネを睨んでいたハクエだが、
ふと表情を和らげて体位を正した。

そんなハクエに二人が驚きながらもときめいているのを無視して
頭を垂れて、ひと言。


「新年あけましておめでとうございます。」


そして、にこりと微笑む。

普段のハクエならば絶対にやらないであろう行為を
目の当たりにした二人はしばらくぽかん、とハクエを見、


「あけましておめでとうございます。」



改めて、新年の挨拶を交わした。



「今年も一緒に冒険しようねぇ〜」
「ってか今年こそヤろうぜ?」
「おまえらな…」









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